プラットフォーム(Platform Three)
ナツコ「すみません。東京行の新幹線は何番線から出ますか?」
駅員「3番線です」
ナ「新幹線は何本くらい出ました?」
駅「東京行の新幹線は30分ごとに出ます。ですから、今日はもう8本出てますね」
ナ「8本…。わかりました。どうも」
ああ、もう8本も出てるのか。信じられない!こんな大切な日に目覚まし時計が壊れてるなんて。あの人が見つかるといいんだけど…
ケンジ「ナツコ⁉」
ナ「ケンジさん⁉」
ケ「ここで何してるの?」
ナ「えっとー、あのー…」
ケンジさんはこの3月、高校を卒業した。私より一つ年上で、水泳部で一緒だった。
ケ「ナツコの声がでかいから、駅の入り口の方まで聞こえたぞ」
ナ「あら!」
ケ「で、今日はどこか行くの?」
ナ「えっとー、父が出張から帰ってくるから、迎えに来たのよ」
ケ「へえ、こんな早い時間に?」
ナ「そうね。ばかみたい。ケンジさんはどこかへお出かけ?」
ケ「実は今日、東京へ引っ越すんだ。言わなかったっけ? 東京の大学に行くんだ」
ナ「ああ、そうだったわね。思い出した」
これはうそで、もちろん知ってる。駅に来たのも、ケンジさんにもう一度だけ会いたかったから。
ケ「じゃ、もう行く時間だ。またな」
ナ「待って。たまには帰ってくるんでしょ?」
ケ「たぶんね。でもそんなしょっちゅうじゃない。みんなによろしくな」
ナ「わかった」
ケ「よし。じゃあな」
これで本当に行ってしまう。言いたいことがあったのに。でも緊張しちゃって、つまらないうそをついてしまった。もう遅すぎる。ケンジさんの大きなリュックが見えるだけ…。エスカレーターでケンジさんがどんどん遠ざかっていく。
放送「東京行き新幹線のぞみがまもなく到着します。ご利用の方は3番ホームへお急ぎください」
見渡すと、カップルが抱き合ってお別れを言っている。ああ、なんでケンジさんに言わなかったんだろう。たぶんまだ間に合う。
入場券を買って、改札を通り過ぎて、階段を駆け上がって3番線へ行く。
放送「新幹線が到着します。白線の内側でお待ちください」
ホームの人ごみをかき分けて行くのは一苦労。でも、行かなくちゃ。ケンジさんを見つけなくちゃ。ああ、やっと…
ナ「ケンジさん!」
ケ「ナツコ⁉ ここで何してるの?」
ナ「あの、言いたいことがあって…。ケンジさん、あの、その、大好き!」
(ドアが閉まる)
窓越しにケンジさんの顔が見える。笑っているけど、顔が赤くなっている。
急に、まわりの人たちがみんな私を見ているのに気が付いた。でもそんなの気にしない。
新幹線と一緒に走る。ケンジさんが何か言ってる。「手紙書くね」だって。
ひそかに自分に言った、「ナツコ、やったね!」って。
怪物(My daughter's Dream)
父「またテーブルにマンガが置きっぱなしだ。片づけてくれないかな?」
娘「お父さん、それマンガじゃないよ。本だよ」
父「本?」
娘「フランケンシュタインだよ」
父「フランケンシュタイン? あの有名な?」
娘「そう。大きくなったら、作家になるの」
父「作家?」
ナレ(父)
これはびっくりだ。娘は10才。名作を読んでいたとは知らなかった。マンガばかり読んでいるのかと思っていた!
娘「19才の女の人が『フランケンシュタイン』を書いたって知ってた?」
父「本当?」
娘「うん。名前はメアリー・シェリー。イギリスの人」
父「知らなかったな。そんなに若い人がそんなに優れた小説を書いたなんて」
娘「両親も有名な作家だったの。メアリーが赤ちゃんの時にお母さんは亡くなって、お父さんは再婚したの。メアリーは新しいお母さんが好きじゃなくて、毎日、実のお母さんのお墓に行っていたんだよ」
父「悲しいね」
娘「それから、メアリーは恋に落ちるんだけど、お父さんは相手の男の人のことが好きじゃなかったの。だから二人は駆け落ちしちゃったんだよ」
父「駆け落ち?」
娘「そう。でも二人ともお金が無かったから、また戻ってきたの。メアリーのお父さんはすごく怒って。そのころメアリーは『フランケンシュタイン』を書いたんだよ」
父「そうなんだ。うーん、メアリーみたいな作家になりたいのか?」
娘「うん。私が作家になったらいや?」
父「そんなことはないよ。きっと作家になれる。でもお前はメアリーとは全然ちがうなぁ。お父さんもお母さんも作家じゃないし、二人とも元気だし。それにお前にはまだ彼氏がいない…。待てよ、彼氏いるのか?」
娘「は?」
父「いつか駆け落ちするようなことがあったら、許さないからな! でも、メアリーみたいになるのなら…」
娘「お父さん、大丈夫? 心配しないで。私まだ10才よ。まだまだ結婚なんてしないから。好きな人もいないし」
父「そうか、よかった」
娘「ただ、メアリーってすごくかっこいいなって」
父「かっこいい?」
娘「そう。19才でこんな本を書いたなんてびっくりでしょ?」
父「そうだな」
娘「私もみんなをびっくりさせるような人になりたい!」
父「きっと偉大な作家になれるよ。世界をびっくりさせちゃえ!」
娘「ありがとう、お父さん」
父「で、その本の感想は?」
娘「えーっと、まぁ、悲しいお話ね。フランケンシュタインはみんなに嫌われちゃって」
父「は? 本当に読んだのか?」
娘「えーっと、まだ読み終わってないの」
父「それ読んだ人はみんな知ってるぞ、フランケンシュタインっていうのは、その怪物を創り出した博士の名前だってことを」
娘「本当? じゃ、あの大きな怪物の名前は?」
父「名前はないんだよ」
娘「知らなかった!」
父「どのくらい読んだんだ?」
娘「実は…まだ1ページ目!」
ナレ(父)
まさしく私の娘だ。娘の夢がかなったら、私はうれしい。でも今のところ娘には、子ども時代を十分に楽しんでほしいと思っている。
ほのぼのしていて、心温まるお話でした。
生まれ変わり(Palm Reading)
夫「うん、わかった。明日の夕方にはそっちに着く。電話ありがとう。おやすみ」
妻「お母さん?」
「そう。いい知らせじゃないんだ。今朝、叔父が亡くなったって」
「それはお気の毒に」
「ああ、まだ50才なんだ」
「50才なんて、若すぎるわ…」
「葬儀の手伝いがあるから、明日実家に行くよ」
「わかったわ。叔父さんにご家族は?」
「いや、ずっと独身なんだ。いつも言ってたんだよ、自分は早死にするだろうって。だから家庭は持たないって。その通りになってしまった」
「本当にそんなことを言っていたの?」
「うん。叔父は手相がわかるんだ。たぶん、自分の将来のことがわかったんだね」
「手相? 手のひらの線でその人のことがわかるの?」
「そう。前に、手相の見方を教えてもらったことがある。ちょっと手を見せて。うーん、ああ、これは面白いね。頭脳線と生命線が離れている」
「よくないの?」
「いや。たいていの場合、独創的で、他の人とちょっと考え方がちがうんだ」
「私、ちょっと変わってる?」
「納得だな。君はプロのイラストレーターだし。独創的じゃなくちゃね」
「まあね…」
「あと、この線はまっすぐだね。正直で、働き者ってことだ。逆境でもあきらめない」
「面白いわ。でも、あなたはどうなの?」
「ぼく? ぼくはこの線が短い。つまり、あんまり感情を表に出さないってこと。ぼくがうれしいのか悲しいのか、まわりの人にはわからない」
「その通りだと思うわ」
「だから叔父によく言われた。もっと感情を出せって」
「それで、今の感情は?」
「そりゃ、悲しいに決まっているよ。ぼくが悲しそうに見えないって?」
「心配しないで。悲しそうに見えるわよ。それはそうと、今度は私が手相を見てあげる」
「手相がわかるのか?」
「少しだけね。えーっと、もうすぐびっくりすることがあるわ」
「ふざけているのか? こんな日に冗談はやめてくれよ」
「あのね、来年、子どもを授かりますって」
「何のこと?」
「その子は1月20日頃に生まれますって」
「ちょっと待って。赤ちゃんが生まれるの?」
「そうよ。今日、病院に行ってそう言われたの。ねぇ、どう思う? うれしい?」
「えーっと、わからないな、なんて言えばいいのかな」
「叔父さんに、もっと感情を出しなさいって言われたんじゃないの?」
「うん、うれしいよ! すばらしいよ!」
「じゃあ、なんでそんなに悲しそうなの?」
「ごめん、叔父さんに報告できないなんて残念だからさ」
「人は亡くなるとね、そのたましいが新しい赤ちゃんに宿るって言う人もいるのよ。この赤ちゃんは、叔父さんの生まれ変わりかもしれないわ」
「叔父さんの生まれ変わり? うーん…」
「だから、パパになるのが楽しみじゃない?」
「もちろん、楽しみだよ。赤ちゃんに会える日が待ち遠しいよ!」
(おわり)
手相は詳しくないですが、「生命線長いねー!」って言われます。
迷子(My Neighborhood)
男性:わたあめいかがですか? あまくて、ふわふわ。まるで空に浮かんだやわらかくて白い雲みたいだよ。やあ、みどり、仕事帰りかい? 8時からカラオケ大会やるんだよ。ぜひ参加して。
みどり:やめとくわ。
男性:冷たいなー。毎年参加者が少なくてさ…。助けてくれないかな?
みどり:仕事でくたくたなの。また今度ね。
男性:わかったよ…。悪かったね。
ナレ(みどり)
毎年この時期、近所の人たちが集まって夏祭を開く。屋台を出して、にぎやかにやっている。この道をこのまま行くと、また誰かに声をかけられるかもしれない。話したくないなぁ。他の道を通って帰ろう。
(男の子が泣いている)
みどり:どうしたの?
男の子:ママがいなくなっちゃった!
ナレ(みどり)
この男の子、迷子なんだわ。帰りたいけど、小さな男の子を置き去りにはできないし…
みどり:一緒に探してあげるわ。最後にママを見たのはいつ?
男の子:わすれた。
みどり:お名前は? 年はいくつ? ああ、泣かないでね…。そうだ、わたあめを買ってあげる。
ナレ(みどり)
男の子と手をつないでわたあめ屋まで戻ろう。
男性:やあ、さっきはどうも。みどり! 気が変わったかい? カラオケ大会に出てみる?
みどり:悪いけど、そうじゃないの。実は、この男の子のママを探しているの。迷子なの。
男性:うーん、見たことあるぞ。
みどり:知ってるの?
男性:去年引っ越してきた子じゃないか? 雑貨屋さんの所の男の子と同じ幼稚園に行ってると思うんだが。
みどり:うわー、近所のことよく知ってるのねー。
男性:待ってな。友達に電話してみるから。たぶん、なんとかしてくれるよ。
みどり:このおじさんがママを見つけてくれるわよ!
男の子:ありがとう。おねえさん、この近くに住んでるの?
みどり:そうよ。生まれてからずーっと。この辺りの人たちのことはよく知ってるの。
男の子:でも、ぼくのこと知らなかったね?
みどり:えっ?
男の子:パン屋さんのコウスケって知ってる?
みどり:パン屋さん?
男の子:お花屋さんのユカは? クリーニング屋さんのシゲルは?
みどり:えーっと、みんな知らないなぁ…
男の子:本当にここに住んでるの?
ナレ(みどり)
男の子の言葉にハッとした。たしかに生まれてからずっとここに住んでいるけど。ここの人たちと長い間話をしていなかった。このままじゃいけないかも。
男性:みどり! ママが見つかったよ。ママは向こうのにぎやかな通りのほうを探していたんだ。今来るよ。
みどり:すごーい。あ…、カラオケ大会は8時スタートって言ったよね?
男性:そうだけど。なんで?
みどり:参加するわ。
男性:本当? ありがとう。おい、みんな、聞いたか? みどりがカラオケ大会に出るってさ!
男の子:あ、見て。ママだ。みどりさん、ありがとう。
みどり:ううん、こちらこそありがとう。
男の子:何のこと?
みどり:君のおかげで、ここがどんなに素敵な場所かあらためてわかったから。
(おわり)
近くの商店街でも夏祭りやっていますが、だんだん小規模になってます。淋しい気もしますが、カラオケ大会はちょっとパスですね(やってないけど…)
『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』レベル別活用法↓