山寺
ベン「で、アキト。松尾芭蕉ってだれ?」
アキト「有名な俳人さ」
べ「俳句って、伝統的な日本の詩だよね? 中学で先生から俳句の作り方を教わったよ。いつも、最初の句は五、次は七、最後は二十くらいになっちゃうんだ」
ア「俳句は、五・七・五、だよ。五・七・二十じゃないよ!」
べ「わかってるよ。でもどうしても言いたい大切なことがあってさ」
ア「そりゃ、松尾芭蕉だって同じだよ。芭蕉はここ、山寺で有名な俳句を詠んだんだ。閑さや岩にしみ入る蝉の声」
べ「いい句だね。さ、行こう!」
ア「おい、ベン。待てよ。ちゃんと聞いてた?」
ナレ(アキト)
ぼくはアキト。今日、ベンとぼくは山形県の山寺に来ている。山奥のこの静かな場所を満喫したいのに、なんか今日のベンはへんなんだ。なんでだろう?
べ「これが山門だね? すごく古いね」
ア「山寺は860年に建てられたんだ。でも度重なる火災に見舞われて、建物のほとんどは再建されたんだ。山門は鎌倉時代に作られたものだね。おい、ベン。また聞いてないだろ? 今日はどうしたんだ?」
べ「後で言うよ。一番上のお寺まで石段を800段以上も上らなくちゃいけないんだって」
ア「わかったよ」
べ「一段上がるごとに、ちょっとずつ煩悩を忘れて、極楽に近づくと言われているんだって。上まで行って新しいぼくになったら、考えていることを話すよ」
ア「ああ…、いいよ…」
べ「着いた。山寺だ! どうか忘れさせてください!」
ア「ねえ、ベン。本当に大丈夫?」
ナレ(アキト)
山寺っていうのは、山の中のお寺のことで、正式名称は宝珠山立石寺。建物の一つには法灯が灯っていて、千年以上も燃え続けているんだ。法灯はもともと京都の近くの延暦寺から運ばれてきた。その延暦寺が16世紀に焼失して再建されたときに、ここの法灯が延暦寺に運ばれたんだ。
べ「アキト、これ何?」
ア「石碑だよ。蝉塚っていうんだ。松尾芭蕉が書いた俳句の短冊がここに埋められているんだ…。ちょっと、ベン! どこ行くの? まだしゃべってるだろ!」
ナレ(アキト)
ベンは上に着くまでずっとこんな感じだった。何か尋ねてくるけど、ぼくの答えは聞かない。
べ「ふう。ついに最後の一段だ! やったね」
ア「うわー。景色をよく見てみよう。写真を撮ろうよ」
べ「写真なんか撮らなくていいよ。このすばらしい景色を目に焼き付けよう」
ア「でも、写真撮りたいな、それに…。えーっ!? カメラが壊れてる! ベン、もしかして…」
べ「ぼくじゃないよ。古いぼくだ。階段上っているうちに新しいぼくになった。でも古いぼくが、カメラ落としてごめんさない、って言ってる」
ア「ベン!」
ナレ(アキト)
やれやれ。カメラは修理できる…。景色もいいから、ぼくもいい気持ちにならないとね。
ベン!!
白川郷でベンは言っていましたね。「アキトはいいやつなんだ」って。
五色沼
アキト「ベン、見てよ。この眺め、モネの絵みたい」
ベン「モネ?」
ア「フランスの画家だよ。この乳白色っぽい青はすばらしいね。青沼って呼ばれるのもわかるな」
ナレ(ベン)
ぼくはベン。アキトとぼくは福島県の五色沼というところに来ている。裏磐梯にあるんだ。アキトはいつもより興奮気味だ。その理由はたぶん…。
ア「明日は東京なんてうれしいな。ベンもワクワクするだろ?」
べ「まあね…」
ア「いつもベンが選んだ場所ばかり行ってたんだよ。今度はぼくが選ぶ番だ!」
べ「楽しかっただろう? でもなんでそんなに東京に行きたいの?」
ア「東京ならもっと人がいるからさ。もっとたくさんの人に見てもらえれば、もっとお金を稼げる。もうあんまりお金が残ってないの知ってるだろう?」
べ「お金、お金、お金。アキトはお金のことばかり気にしてる! 人生にはお金よりもっと大切なものがあるだろ」
ア「ぼくの考えに口出しするな!」
おばあさん「すみませんが、もうちょっと静かにしゃべってもらえますか?」
ナレ(ベン)
振り返るとおばあさんが立っていた。おばあさんはにこにこしていた。
お「五色沼にやってくる人たちは、景色を眺めたり楽しんだりしたいんですよ。ケンカしに来るんじゃなくて」
べ「はい、ごめんなさい」
ナレ(ベン)
おばあさんはかつてここでネイチャー・ガイドとして働いていたんだって。
お「1888年に会津磐梯山が噴火してできたのが五色沼。川がせき止められて、湖や沼になったのよ。五色というのは五つの色のことで、ごらんのとおり、沼はさまざまな色をしているでしょ。ほとんどは青だけど、赤いのや緑のもあるのよ」
べ「うわー! 早く見たいな!」
お「一番大きい沼は毘沙門沼で、手漕ぎのボートを借りられるわよ。磐梯には、300以上の湖や沼があるの」
ア「300!」
お「そう。川の水が流れなくなっったので、水没してしまった村もあるのよ」
べ「そうなんですか?」
お「そう。そして500人近い人たちが亡くなって…」
ア「そんなことが! ここでそんな悲しいことがあったなんて知らなかった。ケンカなんかしてごめんなさい。ばかでした」
お「いいのよ。自然がこんなに美しい沼を作ったのよ。それであなた方のような若い人たちが訪ねて来るんだから。奇跡のようだわ」
ア「奇跡? ぼくが?」
べ「アキトのことだけじゃないよ…」
お「お二人は学生さん?」
べ「いえ、ぼくたちは大道芸人なんです」
ア「芸を磨くために日本中を旅しているんです」
お「それはすばらしい!」
べ「芸を見てみます?」
お「ぜひとも!」
ナレ(ベン)
アキトとぼくは芸を始めた。お客さんはおばあさんだけ。
お「すばらしかったわ! いくら払えばいいのかしら?」
ア「ぼくたちにとっても特別だったので、お金はいりません」
べ「おや、アキト。変わったね!」
ア「ベン、シーッ!」
お「ありがとう。でも悪いわ。では、バスの切符をお持ちなさい。日本中を旅するなら使えるでしょう」
ア「ありがとうございます!」
べ「五色沼のことは忘れません」
3年前、五色沼に行ったときは小雨が降っていました。水面に雨が吸い込まれていくのもなんとも言えない風情があって、忘れられません。
松島
ベン「アキト、見て! 湾をめぐる遊覧船だ」
アキト「ベン、ぼくたち観光で来てるわけじゃないんだ。遊覧船なんか乗らなくていいよ」
べ「まだ怒ってるの? アキト。あのおばあさんがくれたバスの切符は仙台行きだったんだ。東京じゃなくて」
ア「どうしてバスに乗る前に言ってくれなかったんだよ」
ナレ(アキト)
ベンはいつも大事なことをぼくに言わないんだ。だから腹が立つ。おっと失礼、ぼくはアキト。今、ベンとぼくは宮城県の松島に来ている。
べ「海と松の景色がすばらしいね。日本三景の一つっていうのも納得だ。時間をかけてやってきてよかったよ」
ア「この湾には島が260くらいあるんだよ。俳人の松尾芭蕉は、ここがあまりにも美しいので、俳句を詠むのに苦労したと言われているんだ」
べ「理由がわかるよ(お腹が鳴る)おっと、失礼。この景色はすばらしいけど、お腹はいっぱいにならないな。有名な穴子丼を食べに行こう」
ア「お金が足りないよ」
べ「じゃあ、芸をやろう!」
(ショーが終わって)
べ「ぼくたち、A&Bのアキトとベン。また近いうちにお会いしましょう。ありがとうございました。
ナレ(アキト)
ショーの後、やっと有名な松島の穴子丼を食べた。すごくおいしかった。
べ「ねえ、アキト。このカキを食べなよ」
ア「うん、宮城のカキは有名だからね」
べ「わかるよ。とても美味しいね。大きくていいにおい!」
ア「ベン、食いしん坊なのはわかるけど、食べすぎには気をつけてくれよ」
べ「わかってるって。ああ、景色は見事だし、食べ物は最高だ。他に望むものなんてないね」
ア「伊達政宗に感謝しなくちゃね」
べ「ダテ、マサムネ?」
ア「昔、この地を治めていた侍だよ。実際に仙台を作った人だね」
ナレ(アキト)
昼食後、朱塗りの橋を渡って福浦島に行った。
ア「地元の人によると、この橋には不思議な力があって、人々を引き合わせるんだって」
べ「じゃあ、この橋を渡ったら彼氏とか彼女に会えるってこと?」
ア「まあね」
べ「残念だなー、今日はアキトと一緒だなんて!」
ア「それはこっちのセリフだよ! ま、とにかく、ここは不思議な場所だよ」
べ「どうしてそう思うの?」
ア「東日本大震災で、東北の多くの海岸は破壊されてしまったんだ。でも松島は以前と変わりがない」
べ「本当?」
ア「大きな損害はあったものの、ここは小さな島がたくさんあるから津波がそんなにひどくはなかったって読んだことがある」
べ「じゃあ、松島の島々がこの場所を守ってくれたんだね」
ア「そうだね。ねえ、ベン、遊覧船に乗ろうか。海から見たら、松島はどんなふうに見えるだろうね」
べ「それ、いいね!」
まさに、「芸は身を助ける」旅で、ちょっとうらやましくなりました。
ねぶた
アキト「ねぶたの山車?」
ベン「そう。見てみたいな!」
ア「それではるばる青森まで来たの?」
べ「いい考えだろう?」
ア「信じられないよ。やれやれ」
ナレ(ベン)
アキトは怒りっぽいんだ。それはさておき、ぼくはベン。青森市に来ているんだ。ねぶたはテレビで見たことがあるんだけど、本物は見たことがない。だからここへ来たかったんだ。
ア「ベン、ねぶた祭りは8月だよ。まだまだ先じゃないか…」
べ「待っている間に、学習すればいいよ」
ア「8月までここにいるの? 長すぎるよ。新幹線で札幌に行って芸をやろうよ」
ナレ(ベン)
アキトとぼくは大道芸人。アキトはいつも大都市で芸をやりたがる。でも、ぼくにとっては町の大きさなんかどうだっていい。
ア「ベン、聞いてるの?」
べ「ねえ、あっちに大きなテントがある。サーカスかな?」
ア「そうは見えないけど」
べ「行って確かめよう!」
ナレ(ベン)
ぼくたちはテントの中に入ってびっくりした!
ア「うわー!」
べ「製作中の山車だね。でっかいなー! 自分が小さく感じる!」
ア「ベン、他のテントにも山車があるよ」
男「おい! 何してるんだ! 入っちゃダメだぞ!」
ナレ(ベン)
振り向くと、男の人がいた。ぼくたちと同年代みたいだ。
ア「ごめんなさい。ちょっと山車を見てみたくて」
男「山車が見たけりゃ、祭りに来るんだな」
べ「ねぶたの職人さんですか?」
男「そうだよ、まだ見習いだけどな。プロの職人になるには、何年も修行しなきゃならない。プロになっても、稼げるようになるまでは時間がかかる」
ア「そうなんですか。ねぶた作りの職人さんは何人くらいいるんですか?」
男「15人くらいだな。祭りに参加したい企業や団体からの注文を受けて、おれたちが作るんだ」
べ「ねぶたは何でできているの?」
男「ええと、枠組みは木とワイヤーとばねだな。枠ができたら和紙をはり付け、特別な塗料で色を付ける」
べ「それだけ?」
男「基本的にはそうだ」
ア「ねぶたって本当に色あざやかですね。かっこいいなー」
男「見ちゃダメだ! このテントは立ち入り禁止なんだから!」
べ「ごめんなさい…。でも、なんでねぶたって言うんですか?」
男「青森では、昔、提灯のことをねぶたって呼んでたのさ」
ア「なるほど。提灯みたいに灯りをともすからか」
べ「きれいだろうなー」
男「8月にまた来ればいいよ。祭りに参加できるし」
ア「観光客でも?」
男「ああ、跳人(はねと)の衣装を着れば、祭りで歌ったり踊ったりできる」
べ「アキト、聞いた? ぼくたちにぴったりだ! ねぶた祭りまでここにいるしかないよ!」
ベンはずっと青森にいたいようですが、来月は琵琶湖、伊賀上野、高野山、姫路城に行くことになってますヨ! 伊賀上野(忍者関係)が楽しみです。