宮沢賢治『注文の多い料理店』
第1話
英国兵士の身なりをした若い紳士が二人、山奥を歩いていました。
二人ともピカピカの銃をかついで、大きな白熊のような犬を連れていました。
「この山は最悪だな。鳥も動物もいないじゃないか。獲物を撃ちたいのに。バン、バン!」
「鹿の腹を撃ったらスカッとするだろうな。2、3発撃つんだ!」
「ああ、それはいいね。ところで、案内人はどこに行ったんだ?」
「知らないよ。たぶん道に迷ったんだろう」
「おい、犬を見ろよ! 口から何か噴き出しているぞ…」
「たいへんだ! 二匹とも死んでしまった…」
「おれの犬は2,400円もしたのに」
「おれのは2,800円だぜ」
二人とも金銭的な損失に腹を立てました。
「戻った方がよさそうだな」
「そうだな。寒くなってきたし、腹も減ってきた」
「何も撃たなかったな。でも、昨夜泊まった宿で野鳥を買えばいい」
「うさぎも売ってたぜ。買って仕留めれば、自分たちで撃ったのと同じさ」
二人は歩き始めましたが、すぐに道に迷ってしまいました。強い風が吹き、草は揺れ、葉がざわめき、木々は不気味な音を立てました。
「腹が減りすぎて、胃が痛いよ」
「おれもだ。もう歩きたくない」
「おれも。何か食べたい」
「ああ、何でもいいから!」
ちょうどそのとき、振り返ると、立派な西洋風の建物がたっていました。正面のドアにはこう書かれていました。
「山猫西洋料理店」
「ツイてるな! 入ろう!」
「待てよ。変だと思わないか? こんなにひっそりした場所にこんなに立派なレストランがあるなんて」
「きっと、すばらしいレストランなんだよ。わざわざこんなところまで来て食べる価値があるレストランってことさ」
「きっとそうだな。とにかく食べないと倒れちゃうよ」
入り口は白いタイルでできていて、ガラスのドアには金文字で書かれた看板が掛かっていました。
「ようこそ。ご自由にお入りください」
これを読んで二人とも大喜びしました。
「今日はツイてないと思ったが、最後にいいことがあったな。このレストランはタダで食べさせてくれるんだ!」
「そうだな。自由に、つまりタダでお入りくださいって書いてあるもんな」
二人はドアを開けて中に入りました。玄関に入ると、ドアの裏には「若くて太った方は特に歓迎いたします」と書いてありました。
「これを見ろよ! おれたちのことだ!」
「まさに! おれたち若くて太ってるもんな!」
二人はとてもうれしそうでした。廊下をさらに進んでいくと、あざやかな青いドアにまたメッセージがありました。
「ここは注文の多い料理店です。ご理解をお願いいたします」
(つづく)
子どものころ読んで、犬が死んでしまってお金のことばかり心配する大人に大きなショックを受けました。
第2話
二人は山猫西洋料理店の青いドアの奥へ入って行きました。ドアの後ろにはメッセージがありました。
"たくさんの注文がございます。ご了承ください"
「どういうことだ?」
「客がいっぱいで時間がかかるってことだろう」
廊下の先にまたドアがありました。鏡の前にブラシが置いてあります。赤い文字のメッセージもありました。
"髪を整えて靴の汚れを落としてください"
「大切な客がいるにちがいない。おれたちも見栄えよくしないとな」
二人は髪を整え、靴の汚れを落としました。ドアの後ろには別のメッセージがありました。
"銃と弾丸はここに置いて行ってください"
「ごもっともだ。銃を持ってレストランに入るなんてマナーが悪い」
次のドアには
"帽子とコートと靴をお脱ぎください"
ドアの後ろには
"財布、カフスボタン、眼鏡、その他鋭利な金属製の物は、黒い金庫に入れてください"
と書かれていました。
二人はその通りにしました。
「料理に電気か何かを使うのかな。だから金属製の物ははずしてほしいんだな。でも、鋭利な物って…うーん…」
二人は眼鏡とカフスボタンをはずし、廊下をさらに進んでいくと、またドアがありました。横にはガラスのびんがありました。ドアには
"顔と腕と脚に、びんの中のクリームを塗ってください"
と書いてありました。
「なんでだ?」
「肌が乾燥しないようにだよ。乾燥しすぎると肌が痛いじゃないか」
「ああ、そうか。このクリームは牛乳でできている!」
「顔に塗って、ちょっといただこう」
ドアを通り過ぎると、別のびんがあって、
"体じゅうにクリームを塗りましたか? 耳の後ろにも塗りましたか?"
と書かれていました。
「親切だな。耳までは気が付かなかった!」
「いつになったら終わるんだ。腹ペコだよ!」
すぐにまた別のドアがあって、メッセージにはこう書かれていました。
"料理はまもなくご用意できます。すぐにお食事が出てきます。この香水をつけてください"
二人は香水をつけました。
「酢のようなにおいだ…」
「準備する人が間違えたんじゃないか。たぶん、風邪でにおいがわからなかったんだよ」
二人はドアを通り過ぎると、その後ろにまたメッセージを見つけました。
"注文が多くて申し訳ありません。これで最後です。びんの中の塩を体じゅうにすりこんでください"
「なんか、へんだよ…」
「オレもそう思う…」
二人は塩の入ったきれいな青いびんを見てから、顔を見合わせました。
「客が注文しているんじゃない、店が注文しているんだ!」
「そうだ、つまり…料理は出てこない。おれたちが料理されるんだ!」
二人は恐怖で体が震え出しました。
(つづく)
林修先生の『仕事原論』にこんな記述がありました。
ダマされやすい人は「おかしいな」と思いながらも自分に都合のいいように解釈している。宮沢賢治の『注文の多い料理店』が好例です。
林先生大好き!いい本ですよ↓
最終話
二人の紳士は恐怖に震えていました。ここは料理を出してくれるレストランではなかったのです。二人が料理されるレストランだったのです。
「西洋料理にされちゃうよ!逃げるんだ!」
二人は入ってきたドアから逃げようとしました。けれども、ドアは開きません。ちょうどそのとき、部屋の反対側に別のドアがあることに気づきました。大きなかぎ穴が2つあって、メッセージが書いてありました。
"いろいろとご協力いただきまして、ありがとうございました。どうぞお入りください"
大きなかぎ穴からは、青い目が2つ、二人をにらみつけていました。
「ギャー!」
二人は叫び声をあげました。すると、そのドアの向こうからこんな声が聞こえてきました。
「まずいぞ。バレてしまった。あいつら、体に塩もまぶしていないぞ」
「ご主人様が失敗したんだ。"注文が多くて申し訳ございません"なんて書くから。ばかげてる」
「バレたってかまわないさ。どっちみちご主人様は、おれたちには食べさせてくれないんだから。骨だってくれない」
「でも二人が入ってこなかったら、ご主人様はおれたちのせいにするだろう」
「よし、二人に話しかけよう。
いらっしゃいませ、お客様。さあ、お入りください。お皿はきれいにしてありますよ。野菜も用意してあります。あとはお二人を野菜とまぜてサラダを作るだけなんです」
「サラダになりたくなかったら、フライにしてあげますよ。早くいらっしゃい」
二人は恐怖のあまり、顔じゅうがまるめた紙くずのようにくしゃくしゃになってしまいました。二人は静かに泣きました。
「おっと、泣いてはだめです。クリームが落ちてしまいますよ。はい? あ、ご主人様。まもなくご用意できます」
「ほら、聞こえただろう? ご主人様がお待ちだ。ナプキンも用意して、ナイフを手にして。さあ、来るんだ!」
「ああ…」
「死にたくないよ…」
二人は泣き続けました。そのとき、突然…
ワン、ワン!
大きな白い犬が二匹、ドアを突き破って部屋にとび込んできました。
青い目は見えなくなりました。犬は廊下をうろうろしてから、大きくひと吠えすると、大きなカギ穴めがけて跳びかかりました。ドアはこわれ、犬は闇の中に消えていきました。
ニャーオ、ニャーオ!
そして、部屋はけむりのように消えてしまいました。二人の紳士は裸のまま震えていました。あたりを見渡すと、木の枝に、脱いだ服や靴が引っかかっているのが見えました。
強い風が吹き、草が揺れ、葉はざわめき、木は奇妙な音を立てました。
すぐに二匹の犬は戻ってきました。案内人の声が聞こえました。
「だんな様ー!だんな様ー!」
「ここだよー!」
「早く来てくれー!」
二人は大きな声で、森ではぐれてしまった案内人を呼びました。助かったのです。二人は案内人が持ってきてくれた団子をたべました。
それから、ホテルで野鳥を買って、家に帰りました。
しかし、家に帰って熱い風呂に入っても、二人の顔はくしゃくしゃのままでした。そして、そのしわは決して消えることがありませんでした。
(おわり)
名作ですねー! 稚拙な和訳におつき合いいただき、ありがとうございました!
来月は、なんと、有島武郎の『一房の葡萄』ですよ!あの胸が締め付けられるような美しい作品を和訳するのは気が引けます…。が、たぶん挑戦します! みなさんも、英語学習をがんばっておられるのですから、ね!