エンジョイ・シンプル・イングリッシュ
『母の夢』My Mother's Dream
『母の夢』My Mother's Dream
夫「ただいま! あれ、この大きな包みは何?」
妻「お義母さんからよ。健一にプレゼントだって」
夫「健一に? 誕生日は来月なのに。健一は?」
妻「寝てるわ。午後ずーっと遊んでて。幼稚園が始まってますます活発だわ。ぼくはスーパーヒーローだって」
夫「あの年頃の男の子はみんなスーパーヒーローになりたがるよ」
妻「はあ、私はいつも悪者で、健一にやっつけられるのよ。体じゅうあざだらけ」
夫「そりゃたいへんだ。心配するな。次はおれが悪者になるから。よし、包みを開けてみよう。うちのちっちゃなスーパーヒーローは寝てるんだろ? おっと、重いな」
妻「包みに絵画って書いてあるわ」
夫「絵画? ははあ。おれも昔おふくろから絵画をもらったことがあるよ」
妻「そうなの? お義母さんが描いたものを?」
夫「いや。ルノワールのコピーだった。ムーラン・ド・ラ・ギャレットって知ってる?」
妻「ううん。ネットで見てみるわ。ああ、この絵ね。見たことあるわ。すごく有名な絵よね?」
夫「そうだと思う」
妻「すばらしい絵だと思うわ。お義母さん、素敵なプレゼントだわ」
夫「そう思う? 大人だから、この絵の良さがわかるけど。子どものころはわからなかったよ。小学校に行き始めたころにもらったんだ」
妻「小学校? それはちょっと早いわね」
夫「スーパーヒーローになることしか興味がなかったよ。健一と同じようにね。だからおふくろに言ったんだ。絵なんかいらないって。そしたら怒ってた」
妻「そりゃ怒るでしょう。ひどいわ」
夫「でもほんの子どもだったんだ。その気持ち、わかるだろう?」
妻「そうね」
夫「おふくろの夢は画家になることだったんだ」
妻「そうなの? 芸術家って感じじゃないけど」
夫「おふくろの前で言わないでくれよ。怒るだろうから」
妻「あ…、お義母さんに言わないでね」
夫「言わないよ。おふくろが育った家庭は裕福じゃなかったんだ。だからやりたいことができなかった。おれに絵をくれたのは、おれにいつか画家になってほしかったからなんだ」
妻「興味深い話だわ。でも、あなたは絵は好きなの?」
夫「そうでもないな。画家になるなんて考えもしなかった」
妻「ということは…。お義母さんが健一に絵を贈ったのは、健一に画家になってほしいから?」
夫「たぶんね」
妻「健一、絵がいらなくてもちゃんと『ありがとう』って言えるといいんだけど」
夫「それはむずかしいだろうな」
妻「じゃあ、私たちどうすればいいの? 健一にお母さんの気を悪くするようなことを言ってほしくないわ」
夫「だいじょうぶだよ。有名な絵を贈れば子どもが喜ぶわけじゃないってことをわからなくちゃ。さて、どんな絵を贈ってくれたのか見てみよう」
妻「あら!」
夫「はあ? なんだ、これ?」
妻「健一の大好きなスーパーヒーローの絵だわ」
夫「本当?」
妻「まあ! お義母さん、子どもが好きなものがよくわかってる! もしかしたら健一、画家になりたがるかも!」
絵が描ける人っていいなぁ。私はまったく絵心がなくて、草彅画伯や手越君に親近感を覚えます。