エンジョイ・シンプル・イングリッシュ
吾輩は猫である
『吾輩は猫である』第1話
吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生まれたかまるで見当もつかない。覚えているのは、暗いじめじめしたところで泣いていたことだけだ。
そこで、初めて人間というものを見た。その男はもっとも危険なタイプの人間だった。しかし、それは後になって知ったことだった。
男は書生だった。書生というのは、猫を食うことがあると知った。しかしその時は何も知らなかったから、その男がそんなに怖いとは思わなかった。
ただ、男の顔がつるんとしてやかんのようだと思った。顔には髪の毛がありそうなものだが。
吾輩はしばらくの間、書生の手の中で気持ちよく休んでいた。しかしすぐにぐるぐる回り始めた。ものすごい速さだった。動いているのが書生なのか吾輩なのかわからない。いずれにせよ、吾輩は目が回って、気分が悪くなった。
するとすぐに大きな音がして、吾輩の目から火が飛び出た。そして真っ暗になった。
しばらくしてあたりを見回すと、書生の姿はなかった。吾輩の兄弟もいない。やさしい母親さえも。
吾輩はどうやら竹の生い茂ったところに投げ捨てられたようだ。体が痛んだ。吾輩は弱って腹が減っていたので、食べ物を探すことにした。
こわれた生け垣の穴を通り抜けると、誰かの家に出た。幸運というのは不思議なものだ。もしあの穴を見つけていなかったら、吾輩は死んでいただろう。
こうして吾輩は誰かの家に来た。しかし次に何をすべきかわからなかった。寒いし、雨も降ってきた。時間がなかったので、とにかく灯りのあるところ、暖かそうなところへ行ってみた。そこで別の人間に会った。
まず吾輩が会ったは、おさんだった。おさんは書生よりおそろしい。吾輩を見るや否や、首をつかんで外に放り投げた。
しかし吾輩は寒くて腹が減っていたので、おさんの見ていないすきにまた台所へ行った。しかし、またおさんに見つかり投げ出されてしまった。
こんなことがしばらく続いた。吾輩が忍び込み、おさんが投げ出す。
ついにこの家の主人が、なんの騒ぎかと様子を見にやってきた。おさんは吾輩の首を持ち上げて主人に見せた。この野良猫が何度も台所にやってくると主人に説明した。
主人は鼻の下のひげを触って、吾輩をしばらく眺めていた。それから主人は
「うちに置いてやりなさい」
と言って行ってしまった。
おさんは不満そうだったが、吾輩を台所へ降ろした。こうして吾輩は住むところを見つけたのだった。
夏目漱石は大好きです。卒業論文も、『漱石のロンドン留学』でした。