エンジョイ・シンプル・イングリッシュ
吾輩は猫である
『吾輩は猫である』第2話
吾輩の主人は教師であった。主人は学校から帰ると、ずっと書斎にこもっていた。家の者はみな主人のことを勤勉だと思っていた。
しかし本当は書物を枕に寝ていたのである。教員というのは気楽なものだと思ったものだ。吾輩が人間であったなら、教員になるのがよさそうである。
主人は何事も得意ではなかった。そのくせ、何でもやりたがった。俳句、新体詩、英語、弓道、それからバイオリン…。主人はどれも上手くなかった。ただ一生懸命やっていた。
吾輩がこの家へ来てひと月ほどたったころ、主人は大きな荷物を抱えて急いで帰ってきた。水彩絵の具と筆と紙を買ってきたのだ。絵画を始めると言っていた。
その日から、主人は一日じゅう絵を描いていた。しかし誰が見ても、主人の絵が何であるかわからなかった。主人は絵は向いていないと思ったにちがいない。
ある日、主人が友人と話しているのが聞こえた。彼の専門は美術であった。
「他の人が絵を描いているのを見ると、簡単そうに見えるんだが…。いざ自分で描いてみると、なかなか上手くいかないものだね」
「最初は上手くいかないものです。それに、家にばかりいて想像だけで描いてはいけません。偉大なイタリアの画家アンドレア・デル・サルトはかつてこう言いました。
『絵を描くなら、自然をありのままに描かなくてはいけない。空の星、鳥は飛ぶし、動物は走る。自然そのものが一つの大きな絵画なのだ』
ですから、いい絵を描きたかったら、外へ出てスケッチをすることです」
主人は友人の言葉に感銘を受けたようであった。しかし吾輩は、友人の目がニヤリとしていたのを見た。主人をからかっていたのだ。
次の日、吾輩はいつものように縁側で気持ちよく昼寝をしていた。そのとき、吾輩の後ろで主人が何かしているようだった。薄目を開けて見ると、主人が吾輩をスケッチしているのであった。おかしくなってしまった。主人は友人の助言通りにしていたのだ。
吾輩は主人のために、良き猫となり、動かないようにした。しかし長いこと寝ていたので体を伸ばしたくなった。しばらくして吾輩は我慢ができなくなり、伸びをした。次に、家の裏に行って用を足そうと決めた。
すると主人は失望と怒りに満ちた大きな声で
「このばかものが!」
と言った。
人間は、人間であることと人間が持つ力にうぬぼれすぎていることがわかった。そろそろ人間は、自分たちよりも力のあるものに出会わないといけない。そうしないと、人間の悪い態度は改まらないだろう。
自分勝手なのは許そう。しかし吾輩は、人間についてもっとずっとたちが悪く、悲しいものを聞いたことがある。
吾輩も縁側で気持ちよく昼寝したい。