木曽路妻籠宿
ベン「ほら、アキト! 標識が見える? もうすぐだよ!」
アキト「すごく遠かった!」
ベ「たった8㎞だよ」
ア「たった8㎞だって? 遠いじゃないか! しかも800メートルの高さの山に登ってるんだよ!」
ベ「いい運動だったね。このハイキング・コースは外国でも有名なんだよ」
ア「本当? なんで?」
ベ「ひとつは、歩き終わったら木製のカード(完歩証明書)をもらえるから。ヒノキでできているんだ」
ア「それでハイキングしたかったの!」
ベ「まあね!」
ナレ(アキト)
ぼくはアキト。大道芸人で、ベンは相方。今日はヒッチハイクで名古屋に行くつもりだったんだけど、ベンが急に木曽に行きたいって言い出して。岐阜と長野の県境近くの山奥なんだ。
ベ「ついた! アキト、ここが妻籠宿だ」
ア「妻籠宿? 聞いたことないな」
ベ「本当に日本人なの? とても有名な場所だよ」
ア「本当? なんでそんなに有名なの?」
ベ「まあ、この通りを見てよ」
ナレ(アキト)
通りを見ると、昔のサムライ映画のセットみたいだ。
ベ「サムライが出てきそうじゃない?」
ア「そうだね!」
ベ「ここはかつてにぎやかな宿場だったって読んだことがある」
ア「宿場? ああ、旧街道の休憩所ってことか」
ベ「街道?」
ア「江戸時代にはいくつか街道があって、江戸と京都をつないでいたんだ。この街道は中山道っていうんだ。街道に沿って宿場が作られたんだよ、人々が休めるようにね。宿場は今では使われていないんだ。車や電車の方が歩くより速いから」
ベ「じゃあなんで妻籠宿は今でもあるの?」
ア「いい質問だ。聞いてみよう」
ナレ(アキト)
歩いている人に話しかけた。彼女によると…
女性「町を守りたいのよ。妻籠宿にいると、江戸時代にいるみたいでしょ? そのままにしておきたいから、3つの決まりを作ったの」
ア「その決まりを教えてもらえませんか?」
女性「売らない、貸さない、壊さない」
ア「へぇ、そうなんだ。シンプルだけどすばらしい決まりですね」
ナレ(アキト)
もうすぐ夜だ。昔ながらの提灯に火がともった。風情があるなぁ。
ベ「で、アキト、どうする?」
ア「何のこと?」
ベ「まだ名古屋に行きたい?」
ア「いや、今夜はここに泊まろう」
ベ「ハハハ、ぼくもそう思う」
ア「ふん、最初から泊まりたかったんだろ? こうなったら、明日の朝一番で名古屋へ出発だ。そこで芸をやる」
ベ「わかった、わかった…。ねえ! いい匂いがする!」
ア「ああ、五平餅だね」
ベ「ゴヘイモチ?」
ア「この辺りの名物だよ。平らなおにぎりみたいで、串にささっているんだ。ゴマとみそとくるみでできたタレをつけて焼く…。ベン!どこ行くの?」
ベ「ゴヘイモチを買うに決まってるだろ! 腹ペコなんだよ!」
(つづく)
英会話スクールのイギリス人の先生も、ここが大好きだって言っていました。
それにしても対照的なアキトとベンです。あなたはどちらのタイプですか? 私はアキトです。計画的に物事を進めるのが好きなんです。でも、ベンみたいな生き方にあこがれています。
白川郷
アキト「で、このすったて鍋が日本一なの?」
ベン「そう。2014年の鍋コンテストで一位になったんだ」
ア「煮込み鍋コンテストなんてあることさえ知らなかったよ。で、この鍋のどこがそんなに特別なんだろう?」
べ「スープが大豆でできているんだよ。みそとしょう油を混ぜているんだ」
ア「うーん、だからこんなに美味しいんだ。でも、こんなごちそうをおごってくれたからといって、もう怒ってないってわけじゃないからね」
べ「まだ怒ってるの?」
ア「そりゃそうだよ。名古屋に行くはずだったのに」
べ「何回説明すればいいのさ? ヒッチハイクで乗せてくれた人が言ってたんだよ、ここに来るべきだって。世界遺産だからね。その人、とっても親切だったから、いやだとは言えなかったんだよ」
ア「じゃあ、なんでその人の言う通りにする前に僕に言ってくれなかったの?」
べ「言おうとしたんだけど、後ろの席で寝てたじゃないか。起こしちゃ悪いと思って…」
ア「そうじゃないだろ。ぼくを起こさなかったのは、自分で決めたかったからだろ?」
べ「ねえ、アキト、そんなに怒らないでよ」
ナレ(ベン)
ぼくはベン。今ぼくたちは白川郷に来ている。アキトは怒っているんだ。名古屋に行かなかったからね。でもぼくはどうしてもここに来たかったんだ。今ちょうど地元の煮込み鍋を食べているところ。
ア「で、食べ終わったら何する?」
べ「合掌造りの民家の村に行こう」
ア「合掌ってなんだか知ってるの?」
べ「えーっと、知らない。教えてよ」
ア「あのさ、日本人は祈るときに両手を合わせるだろ? これを合掌っていうんだ」
べ「そうなの?」
ア「合掌造りの家は、両手を合わせたみたいに見える」
べ「なるほど。でもなんであんなに急こう配なの?」
ア「ここは冬に豪雪が降るからさ。合掌造りは雪を落とすんだ」
べ「わあ、よく知ってるねー」
ア「ほとんどの日本人は知ってると思うよ」
べ「本当? あれ! バッグに入ってる本は何?」
ア「これは、何でもないよ…」
べ「見せて!」
ア「おい、ベン! バッグに触るな!」
べ「あー、白川郷の本だ。そうか! アキトもここに来たかったんだね」
ア「まあ、ちょっとは興味があった…」
ナレ(ベン)
食べ終わった後、アキトとぼくは別のレストランに行った。ここからは村全体が見える。
ア「すばらしい眺めだ!」
べ「アキトのガイドブックによると、ドイツ人が初めて白川郷のことを世界に紹介したんだって」
ア「知ってるよ。もう読んだから。彼の名前はブルーノ・タウト。建築家だったんだよ」
べ「タウト氏は、この辺りは全く日本らしく見えないって言ったんだって。ぼくもそう思う」
ア「どういうこと? 白川郷はとても日本らしいところだと思うけど」
べ「いや、これまでに見た日本の他の村とはぜんぜん違うよ」
ア「そうか、そうかもね」
べ「で、まだ怒ってるの?」
ア「怒ってる? 何に?」
べ「いや、なんでもないよ」
ナレ(ベン)
アキトはずっと怒っていることはない。いいやつなんだ。
(つづく)
つくづく、いいコンビです。計画通りじゃない寄り道っていいですねー!
黒部ダム
アキト「これがトロリーバスっていうの? 快適だね」
ベン「うん。バスって呼ばれてるし、そうみえるけど、電気で走ってるんだ。日本でトロリーバスに乗れるのはここだけなんだよ」
ア「本当? ラッキーだね。どのくらいで着くの?」
べ「えーっと、これに乗るのは10分。それからロープウェイに7分乗って、ケーブルカーに5分乗る」
ア「なるほど。で、実際ぼくたち、どこ行くの?」
べ「黒部ダムに決まってるだろう」
ナレ(アキト)
僕はアキト。ベンとぼくは大道芸の二人組。今日は富山県の黒部ダムに行くらしい。ぼくは芸をやるために大都市に行きたいんだけど、ベンは人の少ないところに行きたがる。
べ「黒部ダムには観光客がたくさんいるだろうから、いっぱいお金を稼げるよ」
ア「そうかな? 黒部に行くのはダムを見たいからだろ? 大道芸じゃなくて」
べ「おいおい! ぼくたちの芸はダムと同じくらい面白いよ」
ナレ(アキト)
ベンの言う通りかなぁ。ま、行ってみるか。
べ「ここからダムまでは歩くんだな」
ア「オーケー。どうしてこんな山奥の高いところにダムを作ったんだろう?」
べ「山はダムを作るのに適しているんだ。大量の水が高いところから低いところに落ちることで大量の電気が作られるんだ」
ア「なるほど。で、このダムの発電量はどれくらいなの?」
べ「えっと、これによると、黒部ダムの発電量は30万世帯以上だって」
ア「うわー! このダムはすっごく役に立っているんだね。ねえ、ベン、ダムの放水量は毎秒10トンだって! すごい量の水だね」
べ「本当にすごいね! 水と言えば、水の音がするね。行ってみよう」
ナレ(アキト)
少しばかり歩くと、ダムが見えた。とてつもなく大きい! ダムからは実に大量の水が放出されている。
べ「まるでナイアガラの滝みたいだ」
ア「そうだね! それにすごく高いね」
べ「そうだね。186メートルの高さだって」
ア「あの人たちを見て」
べ「言っただろ? ここは観光客が多いって。さあ、やろう」
ア「やるって、何を? ちょっと、ベン、何やってるの?」
ナレ(アキト)
ベンはバッグからジャグリングのボールを取り出して、ジャグリングを始めた。
べ「みなさん、こんにちは! ぼくはベン、こっちはアキト。二人そろってA&B。ちょっとの間、このすばらしい眺めを背景に、僕たちのパフォーマンスをお楽しみください!」
ア「ベン! こんなところで芸はしないよ。みんなダムを見たいんだから」
(イェーイ! 声援と拍手)
ア「えっ? みんなぼくたちの芸が見たいの?」
(さらに声援と拍手)
べ「アキト! そんなところにつっ立ってないで。いっしょにやろうよ!」
ア「あー…。わかったよ!」
ナレ(アキト)
ぼくはベンの横でジャグリングを始めた。終わると、ベンはラップをやって、ぼくはダンスした。なぜだかわからないけど、芸をやるのが前よりずっと楽しかったんだ。
(つづく)
黒部ダムには去年の夏に初めて行きました。途方もなく、壮大なところです。ほとんど人海戦術で作り上げた巨大ダム。NHKの『プロジェクトX』でも取り上げられました。先人たちに感謝して、謙虚に生きようと思いました。
佐渡金山
アキト「ベン、動かないで! たらい船が揺れてるよ! すいません、岸に帰してください」
漕ぎ手の女性「もう? 乗ったばかりでしょ。漕いでみない?」
ア「いや、いいです」
べン「ぼく、漕いでみたい!」
ア「そんな急に立ち上がらないでよ、ベン。海に落ちちゃうじゃないか!」
女性「大丈夫。このたらい船は簡単にはひっくり返らないから。」
ナレ(ベン)
ぼくはベン。今日、アキトとぼくは新潟県の佐渡ヶ島に来ている。今、有名なたらい船に乗っているところ。この後、佐渡金山を見に行くんだ。
女性「6千万円相当の金塊が、この島のどこかに眠っているっていう話よ」
べ「6千万円? すごいなー!」
ナレ(ベン)
これを聞いてアキトとぼくは金山に急いだ。
ア「あれが道遊の割戸だ。佐渡金山のシンボルだね」
べ「誰かが真ん中をくりぬいたみたい」
ア「そうだね。てっぺんからたくさんの金を採掘してこうなったんだね」
べ「そうなんだ。アキト、坑道がふたつあるって聞いたけど」
ア「その通り。ひとつは江戸時代に手作業で掘られたんだ」
べ「もう一つは?」
ア「明治時代に作られたもので、坑道の中には実際に金の採掘で使われた機械が置いてあるんだよ」
ナレ(ベン)
江戸時代の坑道に入ってみた。ひんやりした。人形が置いてあって、当時の人たちがどんなふうに作業していたかがわかる。明治時代の坑道では、どうやって金が外に運び出されたかがわかる。
べ「この金山は388年間も採掘が続いて、78トンもの金が採れたんだって」
ア「うん。一時は日本中から集まった10万人くらいの人がここに住んでいたんだ」
べ「日本版ゴールドラッシュだね!」
ア「まさにそうだね。採掘は1989年まで続いたんだ。たった30年前までだよ」
べ「信じられない! 漕ぎ手の人が言ってた大きな金塊ってどこにあるのかな?」
ア「あれはただの冗談だよ」
べ「えーっ? そうなの? 見つけたかったのに」
ナレ(ベン)
次に近くの博物館に行った。金塊のことはちょっと残念だったけど…
ア「ねえ、ベン。見てよ!」
ナレ(ベン)
見てみると、大きな金の延べ棒があった。透明の箱の中に入っていて、真ん中に穴が開いている。
ア「穴から金の延べ棒を取り出せるんじゃない?」
べ「まかせてよ!」
ナレ(ベン)
取り出そうとがんばったけど、金はすごく重いし、ぼくの大きな手は小さな穴を通りぬけられない。持ち上げることはできても、取り出せないんだ。
べ「ダメだ! 無理だね!」
ア「ベン、それはお遊びだからね。アイスクリームでも食べようよ。特別なアイスだよ」
ナレ(ベン)
金の延べ棒を後にして、アイスクリームを買いに博物館の売店に行った。
べ「このアイス、金箔がついてる!」
ア「ベン、ついに金が取れてよかったね!」
(つづく)
このBGMがまたいいんですよね。のどかで楽しそう!
船の転覆をこわがり、現実的なアキト。つくづく私の性格と似ています。来月は東北です!
山下智久さんの英語学習法は参考になります!