エンジョイ・シンプル・イングリッシュ
一房の葡萄 最終話
一房の葡萄 最終話
私はいつもの通り、海のそばの道を歩いて家に帰りました。いつもの通り、船を見ました。家に着くと葡萄を全部食べました。とても美味しい葡萄でした。
翌日になりました。学校に行くのはいやでした。お腹が痛くなればいい、頭が痛くなればいい、と願いました。しかしその日は歯痛にさえなりませんでした。
しかたなく私は家を出て、学校に向かいました。校門まで来て、入っていけないと思いました。
そのとき、先生の言葉を思い出しました。誰にも会いたくありませんでした。けれど、先生の顔がどうしても見たかったのです。私が授業に出ないと、先生は悲しむだろうと思いました。もう一度、先生のやさしい目で私を見てほしいと思いました。その思いだけで、私は校門をくぐりました。
そのときです。驚いたことにジムが私の方に駆け寄ってきたのです。まるで私を待っていたかのようでした。昨日のことを忘れてしまったかのように。ジムは私の手を取って、先生の部屋へ連れて行きました。
私は、クラスのみんなが私から離れて、「見ろよ、あの日本人。あいつ、泥棒なんだ」と陰口を言われると思っていました。予想していたこととちがって、私は少しこわくなりました。
先生に私たちの足音が聞こえたのでしょう。ジムがドアをノックする前に、先生がドアを開けました。私たちは先生の部屋に入りました。
「ジム、とても感心ね。先生が言ったことをわかってくれてうれしいですよ」
そして先生は私に言いました。
「あなたはもうあやまらなくていいとジムは言っています。今からあなたたち二人はよい友だちになれますよ。これが大切なことなのです。さあ、紳士のように握手なさい」
先生は私たち二人を向かい合わせにして笑みを浮かべました。こんなことになって決まりの悪い思いでした。こんなに簡単に終わりにしてよいものかと思いました。
けれど、ジムが私の手を握り、握手してくれたのです。私は恥ずかしくて、微笑むことしかできませんでした。ジムも微笑んでいました。
先生は私に向かって聞きました。
「葡萄は美味しかったですか?」
私は正直に
「はい」
と答えました。
「それでは、もっとあげましょう」
先生はその日、白い服を着ていました。窓の外に腕を伸ばし、葡萄を一房取りました。
紫色の葡萄を左手に持って、房の真ん中を長い銀色のはさみで切りました。葡萄は二房になりました。先生はそれをジムと私に手渡しました。私はこの美しい光景をはっきりと覚えています。先生の白い手に中にあった、紫色の葡萄のことを。
その時以来、私は悪い行いをしなくなり、恥ずかしがり屋ではなくなりました。先生は今ごろどこにいらっしゃるのだろう。もうお会いすることはないとわかっていても、お会いできたら…。
毎年秋になると、葡萄は細かい白い粉をつけて美しい紫色になります。でも、それを持つ、美しい白い石のような手を見ることはありません。
横浜、海と船と葡萄…。余韻を味わいたいストーリーなのに、国語の授業やテストでは、「先生は、あの日生徒たちにどんな話をしたと思いますか?」って聞かれるんですよね…。